横浜市議会議員 おぎわら隆宏

 

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横浜市内の計画停電情報(3月14日分)

2011年3月13日 日曜日

横浜市HPより⇒http://www.city.yokohama.lg.jp/shimin/koho/0311zishin/teiden.html

M9.0に。

2011年3月13日 日曜日

余震が横浜でもまだ続いています。

以下の写真は今日の横浜市西区内。

↑横浜駅西口、南幸のダイエー周辺です。

↑ダイエーの入り口前。

↑東海道本線沿いのマンション玄関前。

↑国道1号沿いの歩道付近。

浅間や境之谷などの崖地に異常は見られず、写真の通り古くからの埋め立て地区にダメージが目立ちました。

あちこちのガソリンスタンドで車の行列。24時間営業の浜松町のスタンドも20時頃通り過ぎたら閉店していました。

コンビニからパンが消えてます。夕方、パン屋さんでも完売してました。

横浜市災害対策本部の記者発表資料(第11報:13日付)によると、市域全体で死者2名、負傷者71名、行方不明者0名。火災3件、建物被害93件。

また消防本部の第三報(13日15時現在)では、総務省消防庁官からの指示により、横浜市消防局から東北方面(岩手・宮城)、茨城、千葉各方面に消防隊・航空隊・化学消防隊・特別高度救助部隊(スーパーレンジャー)など37隊197人を派遣。

いま報道で流れている、万単位の犠牲者が必至という津波被害は想像を絶します。

明日からは計画停電。

受水槽方式のマンションは停電したら水が出ませんので要注意。直送方式は大丈夫です。

東北・長野・新潟の復興に向け日本全土全力で取り組む数か月になります。

がんばりましょう!

まずは明日から義援金を募ります。

私たちは、ひとりじゃない。

マグニチュード8.8 東北地方太平洋沖地震

2011年3月11日 金曜日

今もまだ余震を大きく横浜でも感じます。

テレビに映る様子は、大規模な火災が加わり被害拡大が大いに心配されます。

写真はパシフィコ横浜の様子。

帰れなくなった方々はパシフィコ横浜に来て頂くのが、横浜駅周辺の防災マニュアルです。

アネックスホールも解放し7000名程度が入れます。

私23時頃までいましたが、毛布が交通渋滞で届きません。

ポルタでは横浜市配給としてボルビックが配られていましたが、パシフィコでは配られてません。

横浜駅からみなとみらいを通り抜けパシフィコ横浜に向かう皆さん。

横浜駅からパシフィコ横浜に至るまで、一人も横浜市職員がいません。

きちんと誘導するべきでした。

横浜駅でパシフィコ横浜までの案内図を配っていたのはJR職員でした。

パシフィコ横浜内では20時頃、30名程の経済観光局の職員が対応。応援を呼んでいるとのことでさらに20名、計50名ほどで7000名規模の帰宅困難者に対応しようとしています。指揮が行きわたっていないのか、施設内誘導が心もとない。

地震の発生は14時46分。

電車は止まり続けていたのですから、帰宅困難者があふれることは十分に予測できたはず。しかも時間も十分にあった。

なぜ帰宅困難者が発生する17時以前に人員を的確に収集配置出来なかったのか。

毛布の用意も、なぜ出来なかったのか。

パシフィコの室温は暖かいけれど、床はコンクリートで冷たい。

あれだけマニュアルを準備してて、実際にはまったく対応が出来ない。

しかも、なぜ経済観光局だけが全面に対応するのか。

施設がパシフィコだから所管の局が災害時の指揮まで取るというのはあまりにも行政のセクト主義ではないか。

これが横浜市の100%の対応と思いたくない。

大渋滞、国道1号、0時頃。

西区内の主な道路は身動き取れない状況です。

阪神淡路の時は短い時間に激しく揺れ一瞬で終わりましたが、今回は長かった。

しかも震源地からこれだけ距離のある横浜で、これだけ強く揺れるというのが恐ろしい。

津波の凄まじさは言葉にならない。

犠牲者の無念を思うと、胸が締め付けられる。