己を捨てて人を救わんことを希うべし


「医の世に生活するは人のためのみ、己がためにあらずということをその業の本旨とす。安逸を思わず、名利を顧みず、ただ己を捨てて人を救わんことを希うべし。」

そのまま政治家の戒めになりますね。

幕末の蘭学者・医者であり大坂・適塾の開設者、緒方洪庵による一文で、原著はドイツ人医師フーフェラントの「医学必携」巻末の「医師の義務」を抄訳して「扶氏医戒之略(ふしいかいのりゃく)」として洪庵が十二カ条にまとめたものの、第一条の文章。

1800年代前半、「医者は医道の本意を失い、驕慢、奢侈にいい気になり、欲情の強いことは言語道断」だったそうで、洪庵は洋の東西問わず古今共通の医道の本旨を適塾の若い医師たちに伝えたかった、と、本書に書かれています。

明治維新前夜の偉人の言動には、技術や処世術以外の部分に人間の本懐があるという、現代では時に不要と排除されがちな一見非合理の「人間の真実」が表現されているようで、私はいつも強烈に感銘を受けます。

こうして緒方洪庵の生涯を振り返って読んでみたりしますと、日本は明治維新以来、西洋化の長い時間をかけて、西洋に自らを失ったかのように論じられることがありますが、実は西洋化とかは関係なく、ただ単に安逸と名利のために生きる事を第一としてしまって、西洋の功利や科学の前に東洋の精神論は無力と要らぬレッテルを貼り、なにやら自然と長い間祖先に大切に語り継がれてきた哲学を実現困難なものとして自ら勝手に切り捨ててきたのではないかと思うのです。

大切なものは洋の東西を問わないのだなぁ、と。

何事も一事で100%を賄う事はなく、科学も自然の摂理の一部であり、思想や哲学の精神論もまた自然の一部であるということなんだと。

人のため世のためというのは、まさに洋の東西を問わない古今共通の人智なのだということは、何度も繰り返し再確認をしていきたいと思うのです。

人間にとって一番力が出るところですね、きっと。人のため世のため、というのは。

自分のためというのは、結局はどうしても力が出ません。

人の役に立っていると信じられるから力が出る。

これを戦争に利用するのは、最も浅はかな行為ですね。

今年も信念のままに生きる事が出来ますように。