さるすべり、無欲。


本覚寺 さるすべり

夏の日ざかりのさるすべりは美しいです。

写真は本日の本覚寺のさるすべり。

わしわしと曲がりくねる樹枝は生命力あふれる感じです。

樹木は人間のように着飾ることなく、人間が手入れをする以外は、自然そのものですから、その泰然自若な姿におおいに惹かれます。

菜根譚に

心に欲がない人は、

「涼、酷暑に生じ、朝市もその喧を知らず」

(酷暑の中でも涼やかで、騒々しい雑踏(朝市)の中でもそのやかましさを感じない)

さるすべりは、こんなに元気いっぱいで鮮やかな花を咲かせているのに、

どんなに暑くても周囲が賑やかでも何があってもじっとしているところが、

なかなか見事な無欲さであると、

本日も感じた次第です。

政治哲学


哲学を好きになったのは、
「昔の人は人生や世界をどのように考えていたのだろうか」という好奇心、ラジオや車を分解するのと同じような。
分解してもどうなるわけでもないのですが、きっとそこに自分にとってとてつもなく大事な答えが潜んでいるのではないかという期待感。
人の迷惑にならぬよう正しく生きる、世の役に立つよう正しい答えを見つける人間になりたいという欲求。

政治こそ、なによりも哲学を必要とする世界。

「君と哲学を語るのはまた今度にしよう。」
「理想ばかり言うな。」

理想ばかり語るのはやはりズレているのか・・・とうなだれる毎日に、

「バカお前、わかっとらんな。理想を語るのが政治やないか。」

この言葉、ぐいと私を政治に向かわせました。

正しさの追求=哲学=政治。

趣くままに。